日本歯科衛生士会 武井典子会長からのメッセージ
歯科衛生士として「新型コロナウイルス」に向き合う!
~自分を守り、人を守り、心の健康を保とう~
公益社団法人日本歯科衛生士会
会長 武井 典子
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大するなか、不安を抱えながらも、患者さんの治療や口腔健康管理にご尽力されています歯科衛生士の皆様に心から敬意を表し、感謝申し上げます。
歯科衛生士を取り巻く環境の変化
2020年3月5日版のThe New York Times 誌「The Workers Who Face the Greatest Coronavirus Risk」に、新型コロナウイルス感染症のリスクが最も高い職種は『歯科衛生士』と掲載されました。また厚生労働省は、4月7日の緊急事態宣言を踏まえて、今後、歯科医療機関へ自覚症状のない患者さんが来院する可能性が増えることから、とくに感染の広がりが大きな地域では、緊急性のない治療の延期、また治療時におけるマスク・ゴーグル・フェイスシールドの使用やハンドピースの滅菌等の感染防止対策を促しています。さらに日本歯科医学会連合では、N95 マスク等の感染防護具を準備できない場合が多いことを考慮して、新型コロナウイルス感染の疑われる患者さんに対しては、エアタービンなどの切削器、超音波スケーラー等を使用した処置は回避し、応急処置にとどめることや、場合により当該治療の延期などを検討すべきとしています。
このような緊急事態宣言が出されているなか、その期間を休診している歯科医療機関、緊急性のある患者さんのみの対応をしている歯科医療機関、感染防止対策を強化して診療を継続している歯科医療機関などさまざまです。歯科衛生士は今、新型コロナ感染症が拡大するなかで、スケーリングやPMTCなどの歯科衛生士業務を今までと同様に続けることについて不安が高まっていると思います。
「新型コロナウイルス」に向き合い、自分を守る!
一方、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大で、社会が大きく変わって来ています。患者さんの歯科への受診にも変化が見られています。今まで、定期健診を継続していた患者さんが、受診を躊躇するケースも増えているようです。
新型コロナウイルス感染症の長期化が予測されるなかで、歯周病等の重症化予防や定期健診の中断は、患者さんの全身状態にも影響を与える可能性があります。今後、歯科医療機関が、感染防止対策をしっかり行いながら、歯科診療や口腔健康管理をいかに継続して行けるかが課題です。現在、新型コロナウイルスに感染していても無症状の患者さんもいます。この患者さんが、いつ来院するかわかりません。このため、全ての患者さんに対して、新型コロナウイルスに対応した感染防止対策が必要となります。
歯科衛生士が行うスケーリングやPMTCは、飛沫感染や接触感染のみならずエアロゾル感染があることが指摘されています。このため、スケーリングやPMTCを行う際には、これらの3つの感染ルートに考慮した感染防止対策が必要となります。まずもって大切なことは、歯科医療従事者が新型コロナウイルスに感染しないことが大切です。
緊急事態宣言が出されているなかで、厚生労働省および日本歯科医師会より、新型コロナウイルスに感染している疑いのある患者さんは、都道府県の相談センターや医療機関での相談を勧めています。事前の電話等で感染の疑いはなく、緊急の対応が必要な患者さんに対しては、当日の問診や検温を行い、エアロゾル感染をおこす機器を使用しないで、応急の処置にとどめることや、場合により当該治療の延期などを検討すべきとしています。今後、歯科医療機関においては、エアロゾル感染対策のためのゴーグルやフェイスシールド、定期的な換気など、それぞれの職場に適した方策を歯科医療機関全体で、再考して行くことが大切です。
医科歯科連携の推進と歯科衛生士としての責任
近年の調査によれば、歯科診療所に通院される患者さんの45%は65歳以上の高齢者です(2017年調査)。高齢者は基礎疾患を抱えている可能性が高く、基礎疾患が複数重なる患者さんは、新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいことが指摘されています。歯科診療所においても基礎疾患を持つ高齢の患者さんが増えていることから、歯科医療機関がクラスター発生源にならないよう最新の注意が必要です。今後、さらに医科歯科連携が推進されるなか、それぞれの職種間で行なっている感染管理等の情報を共有し、歯科衛生士一人一人が、毎日の生活の中でも感染管理に留意することで、患者さんや他職種への交差感染を予防することが重要です。患者さんへの安全な医療の提供と診療に関わる多くの医療従事者の安全を守ることを常に心がけて行く必要があります。
歯科訪問診療の必要性と課題
新型コロナウイルス感染症の長期化により、患者さんの在宅での療養がますます増えることが予想されています。このため、地域包括医療における多職種連携が推進されるなか、歯科医療従事者も在宅や施設への訪問診療の必要性が増大すると考えられます。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、とくに緊急事態宣言発令後は、外からの訪問は感染リスクが高まる不安から、訪問休止を希望する在宅利用者や施設が増えています。しかし、歯科訪問診療が行われない期間が長期化すれば、在宅・施設における療養者や要介護者の口腔衛生や口腔機能は低下し、要介護度が上がり、誤嚥性肺炎等における入院が増大する可能性もあります。口腔健康管理による低栄養や誤嚥性肺炎の予防は入院リスクの低減、さらには新型コロナウイルス肺炎の予防にも貢献できる可能性を秘めています。
この度、歯科医療においても初診におけるオンライン診療が保険導入されますが、今後、訪問ができない患者さんに対しても、オンラインによる口腔健康管理や保健指導が保険導入されることが期待されています。地域包括医療のなかで、医療と介護との連携を築きながら、オンラインによる安全な食支援や肺炎予防を継続していくことが大切です。
正しいことを知り、実践力を持とう!
訪問診療を含めて感染防止対策の必要性や方法の詳細については、都立駒込病院に勤務されています歯科衛生士の池上由美子さんが日本口腔ケア学会に論文投稿されています。この度、日本口腔ケア学会のご厚意により緊急かつ重要との判断で、出版前論文を特別に引用させて頂き、本会のホームページからも論文をご覧頂くことができます(下記参照)。
新型コロナウイルス感染症の蔓延により、歯科医療を取り巻く環境も日々変わっています。今後も、政府、厚生労働省、地方自治体から発せられる情報を常に把握しておくことが大切です。さらに、新型コロナウイルスに向き合うための感染防止対策を歯科医療機関の中で歯科医師や全てのスタッフとともに確立して行くことが大切です。正しいことを知るための情報収集を積極的に行い、日常の中で実践して行くことが大切です。そして今まで以上に、歯科医療を通して患者さんの健康寿命の延伸に貢献して行きましょう!
2020年4月28日
日本口腔ケア学会『新型コロナウイルス感染症が疑われる患者への歯科衛生士の対応』に関する論文紹介